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福岡高等裁判所 昭和29年(う)2322号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審の未決勾留日数中九十日を原判決の刑に算入する。

理由

弁護人山本茂雄が陳述した控訴の趣意は同人提出の同趣意書(但第二点を除く)に記載の通りであるから、これを引用する。

同第一点に付いて。

論旨は公訴提起の手続がその規定(刑事訴訟法第二百五十六条第六項)に違反したことを理由とし公訴棄却の判決(確定)があつたに過ぎない場合においても、なお且憲法第三九条(二重起訴禁止の規定)により再訴を許さないと云うのである。

本件の起訴状と熊本地方裁判所昭和二十九年(わ)第四三六号記録(後訴と略称)の起訴状とを対比すると前訴はその起訴状に裁判官に予断を生ぜしむるに足る被告人の人柄、前科等の記載があつた為刑事訴訟法第三百三十八条第四号により昭和二十九年八月五日公訴棄却の判決言渡があり、該判決は同月十九日訴訟当事者双方の上訴権棄却により確定した事実及同日右確定後同一事案には後訴の本件提起のあつたこと洵に明白である。しかしながら憲法第三十九条は本件の場合のように起訴状に裁判官に予断を生ぜしむる様な記載があつたことを理由として、公訴棄却の判決のなされた場合において同一事件には再度公訴を提起することを禁ずる趣旨を包含するものでないと解するを相当とする。従つて本論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は原審が公判期日における証人の供述の証明力を増す為にも、刑訴第三百二十八条による証拠調を可能だと誤解し検察官から第二回公判における証人の証言・証明力を強める為特に刑事訴訟法第三百二十八条に基き、取調請求のなされた検第二十一号乃至二十九号(何れも前記証人の検察官、司法警察員に対する供述調書)の各書面を弁護人の異議申立にも拘らずこれを却下して漫然証拠調をしている。右は判決に影響あること明かな手続違背であると云うのである。

刑事訴訟法第三百二十八条は所謂弾劾証拠に関する規定であつて公判準備又は公判期日における被告人、証人、その他の者の供述の証明力を争う場合にのみ適用あるものであつて、反対にその信憑力を増強する為に検察官、司法警察員等に対する右証人の供述調書の証拠調請求をなし得ないことは言を俟たないところである。従つてこの点において原判決に訴訟手続違反の存すること洵に所論の通りである。しかしながら原判決は右検第二十一号乃至二十九号はこれを証拠として採用していないのは勿論、原審が証拠として採用している前示各公判証人の証言と被告人の検察官に対する供述調書とによつて充分判示事実を認定するに足り、問題の前示各書面取調の有無は本件に関する限り有罪の心証形成に何等影響を与えた形跡が認められない。従つて告示手続法令の違反は未だ判決に影響を及ぼすこと明らかなものとは云えない。従つて論旨は結局理由がない。

同第四点(事実誤認、理由不備の主張)に付いて。

記録を精査すると前述のように原判決挙示の証拠によつて同判示通りの事実を認定できるし、又原判決には所論のような理由不備の違法もない。

同第五点に付いて。

原審で取調べた証拠によつて窺われる一切の犯情に照らすと原判決の刑は相当である。

従つて本論旨もまた理由がない。

右に説明の通り本件控訴は理由がないので刑事訴訟法第三百九十六条刑法第二十一条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 柳田躬則 判事 青木亮忠 鈴木進)

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